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2014/08/16

生来の優しさから悩みに悩んだ玉田は心を病んでしまう



玉田晴彦は今日も不機嫌だった。

「なんだってんだ、ちくしょう」

木場駅に急ぐ人が驚いて振り返るくらいの声で独り言が漏れる。
玉田のこの不機嫌は、昨日今日、始まったわけではない。
ここ数年、ずっと己の人生を呪いイラついているのだ。
実際、玉田の人生は最近の5年で劇的に変わっていた。

「なに見てんだ。バカ野郎。」

この玉田の怒りには充分な理由がある。
そもそも玉田は幸せな人生を送っていたのだ。

20代でそこそこ名の通った大学を卒業し
業界でも5本の指に入る印刷会社の子会社に就職した。
丁度、印刷業界にはコンピュータ化の波が押し寄せており
玉田はDTPのオペレータとして忙しく働いた。

オペレータとしてのセンスも良く人当たりもいい
玉田はすぐに主任に昇格した。
その頃、デパートの売り子をしていた由紀子と出会い
2年の交際を経て結婚。
この結婚は会社の皆にも祝福された。
そしてすぐに2人の子供に恵まれる。
安月給ながらも家庭は順調そのものだった。
30代では係長、そして課長へと順調に出世した。
役職の多い会社ではあったが、
玉田にも部下ができ、仕事の取り回しも上手くやった。
しかし玉田が40後半になる頃、会社に変革が起きた。
親会社が事業の再編・縮小に手をつけたのだ。

親会社から優先的に流れてきていた仕事は
同規模の同業他社と相見積で戦わさせることになった。
これまでまったく危機感を持ったこともなく
営業は親会社頼りという体制だった会社はあっという間に傾いた。
そしてそもそも過剰人員だということでリストラが敢行された。
社内の雰囲気は一変し、ぎすぎすしたものになった。
玉田自身はリストラを告げる側の立場にあったのだが
生来の優しさから悩みに悩んでしまった。
そして玉田は心を病んでしまう。

何かおかしいと通院のために2週間会社を休み、
復帰すると、玉田は栃木の印刷工場への出向を命じられた。
家族とは離れられない。
何とか東京に残してくれと玉田は懇願した。
その結果、豊洲の関連会社へ転籍となったのだった。
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